累計ユーザー90万人超。従業員ゼロ。コードは書けない。利益率は87.5%とされている。

デービッド・ブレスラーが育てたのは、そういうビジネスだった。

育児休暇の6週間から、年間約4億円のSaaSが生まれた

フロリダ州オーランド。アナリティクス会社で11年、「Excelの人」として生きてきた男がいる。後輩が数式を聞きに来る。答える。また来る。また答える。「オフィスが回転ドアのようだった("My office became a revolving door")」と、彼は言う。

デービッド・ブレスラー

デービッド・ブレスラー

@bresslertweets

Formula Bot創業者・元アナリスト

x.com/bresslertweets

2022年の夏、第二子の誕生をきっかけに6週間の育児休暇を取った。その6週間で、コードを一行も書かずにAIツールを作り上げた。Bubble.ioというノーコードプラットフォームを使い、OpenAI APIを接続しただけ。Redditに投稿したら週間トップ。数日でAPI費用が約75万円($5,000)に達し、「閉めるか、有料化するか」の二択を迫られた。

有料化を選んだ。3ヶ月で月間経常収益は約63万円($4,200)。1年後にはMRR約3,400万円($226,000)に。Microsoftから提携の申し出が来たが、断った。今もたった1人で、年間約4億円($2.7M〜$2.8M)のビジネスを回している。

この記事では、「なぜコードが書けない人間が、ノーコードで億単位のSaaSを作れたのか」を分解する。Bubble.ioの使い方、価格設定のA/Bテスト、Microsoftを断った理由、そしてRedditのバイラルから始まったプロダクトレッドグロースの設計図。育児休暇の6週間で始まったことの全貌を、ここから追う。


11年間、「Excelの人」だった

デービッド・ブレスラーのキャリアは、スプレッドシートとともにあった。

大学を卒業した後、最初に入ったのはユニバーサル・オーランド・リゾートだった。テーマパーク運営の裏側にはデータがある。来場者数の予測、動線の分析、マーケティング施策の効果測定。デービッド・ブレスラーはそのデータ側にいた。数式を組み、レポートを作り、「このキャンペーンは効いたのか」を数字で答える仕事だ。

その後、アナリティクス・エージェンシーのネット・コンバージョン社に移った。クライアントの問題をデータで解く。マーケティングの数字を読み解く。肩書きはシニアディレクター・オブ・アナリティクスになった。

しかし社内での通称は、もっとシンプルだった。

「Excelの人」。

数式がわからなかったらデービッド・ブレスラーのところへ行け。VLOOKUPの使い方がわからなかったらデービッド・ブレスラーに聞け。暗黙のルールが、いつの間にかオフィスの文化になっていた。

「オフィスが回転ドアのようになっていた("My office became a revolving door")」と、後にウェブサイト・プラネット誌のインタビューで語っている。後輩のアナリストが数式を聞きに来る。答える。5分後に別の誰かが来る。また答える。ランチの前にもう一人来る。また答える。

これ、11年やってたのかと思うと、ちょっと気が遠くなる。

ただ、デービッド・ブレスラーにとってこの11年間は無駄ではなかった。彼はデータ分析のプロフェッショナルとして、クライアントが抱える本当の問題が何かを見抜く目を養っていた。ユニバーサル・オーランド・リゾートでは来場者の行動データを、ネット・コンバージョンではマーケティングのROIを、それぞれ数字で読み解いてきた。数字の裏にある「痛み」を見つけ、それを解決策に翻訳する能力。この能力が、後にFormula Botのプロダクト設計に直結する。

「もっといい方法があるはずだと思った」と彼は言う。しかし、デービッド・ブレスラーはコードを書けなかった。エンジニアでもプログラマーでもない。Excelの数式は組めるが、Pythonは書けない。JavaScriptもわからない。HTMLですら怪しい。「もっといい方法」は、コードが書けない自分には手の届かない場所にあるように思えた。長い間、ただの思いのままだった。

家庭では、妻と第一子がいた。フロリダの住宅地で暮らし、安定した給与があり、家族を養う責任があった。「いつか何かやりたい」は、多くの人がそうであるように、日々の仕事と家庭の間に埋もれていった。朝、車でオフィスに向かい、数式の質問に答え、クライアントのレポートを仕上げ、夕方に帰宅する。その繰り返しの中で、「いつか」は少しずつ遠くなっていった。


育児休暇の6週間が、全てを変えた

2022年7月。第二子が生まれた。

デービッド・ブレスラーは育児休暇を取り、6週間、家にいることになった。

その6週間は、制限であると同時に、空白だった。オフィスの回転ドアはない。数式を聞きに来る後輩もいない。赤ん坊の世話の合間に、Twitterのタイムラインをスクロールしていると、世界が変わっていた。

OpenAIのGPT-3が注目を集めていた時期だった。ノーコードでSaaSを作って月収が上がったという話が、毎日誰かの口から出てきた。Bubble.ioというノーコードプラットフォームの名前を、何度も目にした。

「なぜ自分ではないのか("Why not me?")」

後にインタビューで彼はそう言っている。自慢でも挑発でもない。11年間、同じ質問に答え続けた人間の、静かな疑問だった。

数日でMVPを作り上げた。Bubble.ioは使ったことがなかったが、「Excelのロジックと同じで自然に覚えた」という。画面の向こうでOpenAI APIが動いている。ユーザーがExcelの問題をテキストで入力すると、数式が返ってくる。それだけのツールだった。

名前は「Excel Formula Bot(エクセル・フォーミュラ・ボット)」。ひねりも何もない。そのまんまだ。でも、そのストレートさがよかった。「このツールは何をするのか」が名前だけでわかる。SEOの観点からも、ユーザーがGoogleで「Excel formula」と検索したときに引っかかる。マーケティングの教科書には書いてないかもしれないが、実戦では最強のネーミングだ。

Bubble.ioでの構築は、驚くほどスムーズだったという。Bubble.ioはビジュアルエディタでデータベースを設計し、ワークフロー(条件分岐やAPI呼び出し)をドラッグ&ドロップで組み立てるツールだ。デービッド・ブレスラーにとって、これはExcelの「IF関数」や「条件付き書式」を組み立てる感覚と地続きだった。ユーザーの入力テキストを受け取り、OpenAI APIに送信し、返ってきた数式を画面に表示する。このフローをBubble.ioで組むのに、エンジニアリングの知識は不要だった。

2022年9月、Redditの「r/excel」というコミュニティに投稿した。特別な文章ではなかった。「こういうものを作った。Excelの数式を自然言語で生成できる」という素直な紹介だった。

その投稿は、週間トップに上り詰めた。

なぜバイラルになったのか。答えは、Excelに苦労している人が世界中にいるからだ。VLOOKUPがわからない。ネストされたIF関数が読めない。INDEX MATCHの使い方がピンとこない。SUMIFS、COUNTIFS、配列数式、正規表現。Excelは見た目がシンプルなくせに、奥が深すぎる。そういう人たちにとって、「テキストで説明すれば数式が返ってくる」というのは魔法のようなツールだった。

「前任者が作った複雑なスプレッドシートを引き継いだけど、数式が何をしているかわからない」——こういう悩みを持つ人が、Reddit だけでも毎日何十人もいる。コメント欄は熱狂した。「これを5年前に知っていたら」「上司に教えたら感動してた」。

さらに「Internet is Beautiful」というサブレディットにも投稿し、そこでもバイラルになった。一度ではなく、二度の爆発。1人の育休中のアナリストが作ったツールが、インターネットの注目を集めた。