月間10万アクセス。従業員ゼロ。サーバーサイドのコードは、ほぼない。
ロンドンの夜明け前。テムズ川の南側、古いフラットの一室に、ノートPCの青白い光がひとつだけ灯っている。
Elston Baretto(エルストン・バレット)は、まだ暗い台所でコーヒーを淹れながら、Tiiny Hostのダッシュボードを開いた。ARR 50万ドル。従業員はゼロ。投資家もゼロ。この数字を見るたびに、まだ少し信じられない気分になる。
5年前、彼には4つの失敗したプロジェクトと、JPモルガンの社員証と、YCからの不合格通知があった。
バレットは捨てなかった。正確には、捨てられなかった。
大学を卒業した彼は、JPモルガンに入った。「6ヶ月だけのつもりだった」と、彼は後にポッドキャストIndie Bitesで振り返っている。6ヶ月は4年になった。巨大な銀行の歯車として、ロンドンのシティで朝から晩まで数字と向き合う日々。
「辞めるつもりだった。ずっとそう言い続けて、気がつけば4年が経っていた」
だが彼は、夜と週末を使って別の世界を作っていた。サイドプロジェクト。今でもいくつかは収益を生んでいるという。銀行員としての安定と、起業家としての焦りが、同じ体の中で同居していた。
2014年、バレットはついにJPモルガンを辞めた。スタートアップの夢を追うために。
しかし最初の挑戦は、教科書通りの失敗だった。14人の従業員を抱え、オフィスを構え、VCの夢を見た。トラクションは、ほとんどなかった。
「14人の社員がいて、ユーザーがいない。よくある話だろう」
その前年、2013年にはY Combinator(Yコンビネーター)に応募して不合格になっている。シリコンバレーへの切符は手に入らなかった。2017年にも、2018年にも、別のプロジェクトが失敗した。4つのプロジェクト。5年間。生き残ったものは、ひとつもなかった。
なぜ彼は諦めなかったのか。
「Success is never linear(成功は直線ではない)」
バレットは、この言葉を繰り返す。直線ではないことを、身体で覚えた5年間だった。
2019年1月。バレットはフルタイムの仕事に戻っていた。4度目の失敗の後、もう一度企業で働きながら、次を考えることにした。
そのとき生まれたのがTiiny Hostだった。
アイデアは驚くほどシンプルだった。HTMLファイルをドラッグ&ドロップするだけで、Webサイトとして公開できるツール。サーバーサイドのコードはほぼない。データベースもない。ログイン機能すらなかった。
「You still can't log in with a password on Tiiny Host, and we're at $10,000 MRR(Tiiny Hostにはまだパスワードログイン機能がない。それで月商1万ドルだ)」
Indie Bitesのポッドキャストで、彼はそう笑った。
ローンチ直後、ライフタイムディールを使って3日間で1,000ドルを売り上げた。それが最初の手応えだった。ファイルをアップロードするだけ。それだけのツールに、人が集まり始めた。